IT活用のジレンマ

 ITを活用して業務を効率化すると、業務の負担が軽減され余裕が生まれます。
 しかし、その結果として担当者や部門にとっては良くない状況に陥ることがあります。今回はこうした状況について議論します。

悩むイメージ

1.IT活用による業務効率化がもたらす課題

(1) 担当者レベルの問題

 ITを活用して業務を効率化したとしても、その努力が正当に評価されるとは限りません。特に、業務改善のために時間をかけて工夫を凝らしたにもかかわらず、仕組みの開発工数を考慮すると短期的には従来の方法のほうが、手間が少なく見えることがあります。その結果、業務改善に取り組んだ担当者の貢献が評価されにくいという問題が生じます。
 また、業務の効率化によって生じた余裕の時間が有効活用されるとは限りません。むしろ、新たな業務を割り当てられ、結果的に仕事が増えてしまうこともあります。このような状況では、適切なマネジメントがなされない限り、IT活用が担当者にとって必ずしもメリットにならない可能性があります。

(2) 部門レベルの問題

 部門全体でITを活用し業務効率化を進めた結果、少人数でも業務が回るようになると、「人員削減が可能」と判断され、部門のリソースが縮小される可能性があります。これは、業務改善の成果が組織の強化ではなく、むしろ人員削減につながるというジレンマを生みます。
 結果として、十分な恩恵を受ける前に業務負担が増し、効率化が逆効果になってしまうこともあります。

(3) 組織レベルの問題

 IT活用の成功事例が、組織全体に適切に展開されないことも課題の一つです。例えば、ある部門が効果的なITツールを導入したとしても、管理部門がその有用性を理解せず、導入が進まないことがあります。その結果、せっかくの技術革新が活かされず、時間と労力が無駄になってしまいます。
 また、IT活用が一部の担当者の努力に依存してしまうと、改善の文化が根付かず、長期的な成果につながりにくい状況が生まれます。さらに、IT活用に積極的な優秀な担当者に業務が集中し、その負荷の大きさから若手人材が転職してしまうケースもあります。特に、年功序列の評価制度が根強く残る組織では、若手の意欲が損なわれやすく、組織に定着しにくくなる1リスクがあります。

2.具体的な事例

(1)大企業の開発部門での失敗事例

 25年くらい前、筆者が大企業の開発部門に勤務していた際、事業部内の情報共有を効率化するため、「メーリングリスト」の導入を管理部門に提案しました。すでに開発グループ内で実績があったものの、管理部門は「フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを重視する」と問題をすり替え、導入を却下しました。
 結果として、基本的な情報共有の効率化すら真摯に向き合えない組織文化を象徴する出来事となり、優秀な開発人材の流出を加速する一因となりました。最終的に、当該事業は他社との合弁会社へ移管され、国内製品の開発は大きく後退することになります。IT活用を受け入れない組織文化が、企業の競争力低下につながった事例といえます。

(2)資格保有者団体でのIT活用による負担増

 5,000人規模の某資格保有者団体では、会員の協力によって運営が成り立っています。団体が行うイベントの運営には数100人規模のものがいくつかありますが、効率を高めるためにITを導入したものの、担当者の負担が大幅に増加する事態が発生しました。
 業務プロセスを整理し、仕様をまとめ、ITツールを活用して実装・動作テスト、数10名が参加するオンラインテストを実施したのですが、一部の担当者が通常業務の何十倍もの工数を短期間で集中的に確保する必要が生じ、その負担の重さから継続的な協力が難しくなってしまいました。結果として、システム化の進展が停滞するという逆効果を招いてしまいました。

(3)公的機関におけるIT導入の挫折

 筆者が業務上関わる公的機関において、セミナー講師間で受講生の相談事項を共有するシステムの導入を提案しました。特別な予算をかけずにGoogleツールを活用する計画でしたが、事務局担当者のITスキルや調整能力が不足しており、結果的に筆者が開発・運用のほとんどを無償で請け負うことになりました。
 最終的に50時間以上を費やしたのですが、翌年度にも同様に依頼しようとする事務局への信頼が低下、これまで積極的に行っていた担当外の講義支援や仕組み改善の提案もできなくなりました。この事例は、IT導入を推進する際のスキルギャップや開発・運用に係る責任意識の重要性を示しています。

3.まとめ

 ITを活用することで業務効率は向上するものの、適切な評価、負担の分配、組織全体での共有がなされない場合、むしろマイナスの影響を及ぼすことがあります。特に、効率化が担当者の評価につながらない、部門全体での負担増加や人員削減のリスク、IT活用のノウハウが組織に定着しないといった課題が発生しやすく、これらを解決するためには、IT活用を「個人の努力」ではなく、「組織の戦略」として位置づけることが重要です。
 適切なマネジメントと支援体制が整っていなければ、IT活用は単なる業務負担の増加に終わってしまいかねません。

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